わたしも引き裂かれた

一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」
マタイによる福音書26章 26節


イエスはひとりぼっちです。
深い孤独の底でパンを引き裂くイエス。
彼だけが感じていました、これが最後の食事になると。
いつもの仲間といつもの食事、変わらぬ風景に
弟子たちは誰もこれが最後だとは思っていません。
これが最後だとわかっていたら・・・。
この先、彼らは取り返しのつかない後悔を抱くことになります。

いつ訪れると知らぬ「最後」に対して私たちは無力です。
しかし、そんな「最後」に、後悔と自責の念で引き裂かれるあなたに
イエスは遠く離れていません。
引き裂かれたパンとして、あなたのそばにいます。
“わたしもたった一人ぼっちで引き裂かれた” と。

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by nazarene100 | 2018-03-12 10:53 | 礼拝説教 | Trackback
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