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■4月6日 聖金曜日礼拝
15:00~16:00 ■4月8日 イースター礼拝 朝10:30~12:00 夕礼拝19:00-20:00 ◇聖書・賛美歌は教会備え付けのものをお貸しいたします。 クリスチャンでない方もどなたもご参加いただけます。 ■教会教育研修会のお知らせ 【終了しました】
![]() 3月11日の東日本大震災による傷跡は今もなお深く残り、復興の途上にあります。さらに、その悲しみと痛みに加え、福島第一原発事故で起きた放射能汚染による被害は深刻さを増し、私たちのコミュニティを引き裂いています。神の被造物である自然や環境、すべての生命をかけがえのないものとして保護していく責任を与えられている者として、原発の是非に関する問題は3・11以降を生きる私たちに避けて通れない事柄です。 2月11日は「信教の自由を守る日」であり、震災から11ヶ月の節目であります。これらの出来事を信仰を与えられ者としてどのように理解し、受け止めることができるのか。私たちに何ができ、また為すべきなのか。未来を生きていく子どもたちに何を伝えていくことができるのか。今一度、皆で考え、祈る機会を持ちたいと考えました。 そこで長年、浜岡で原発問題と取り組み、被曝労働を問い続けてこられた内藤新吾牧師をお招きし、お話を伺う機会を作りました。是非、ご参加<ださい。 ・日時 2012年2月11日(土)10:30~ 参加費1000円 ・会場 日本ナザレン教団 学園教会 ・講師 内藤新吾牧師(日本福音ルーテル稔台) 講師プロフィール 1961 年兵庫県生まれ。本年3月まで日本福音ルーテル掛川・菊川教会(静岡県)。現在、同稔台教会(千葉県松戸市)。「浜岡原発を考える静岡ネットワーク」役員。「原子力行政を問い直す宗教者の会」事務局。18年前、被曝労働を続ける野宿の日雇い労働者との出会いから原発問題に関わる。 日本ナザレン教団国際援助委員会を通じ、
宮城県東松島市、石巻市周辺での支援活動を継続しています。 ボランティアセンターが閉鎖され、避難所が解散した今もなお、 自宅避難者からのご依頼が東北の教会に寄せられていますので 現地で活動する復興支援ボランティアを毎月募集しています。 活動内容(予定) ・津波被害を受けた家屋の家財道具の撤去、片付け、被災家屋内、周辺の泥出し 募集期間 11/14~18(月~金)、 12/12~16(月~金) *原則として月・金を移動日とし、火~木の3日間を活動日とします。) **3日間は無理な方、金曜以降のワークを希望される方はご相談ください 集合場所 仙台富沢教会(宮城県仙台市太白区富沢南2-24-11) 宿泊・食事 滞在中の朝夕食・宿泊(富沢教会)に関してはJNCMが負担します。 就寝:寝袋持参の上、男女別の雑魚寝となります。 風呂:近所の銭湯を利用します。 応募条件 ・男女計5名ほど (18歳以上)20歳未満の方は、保護者の同意書が必要です。 ・心身ともに健康であり、健康管理のできる方 ・信条は問いませんが、キリスト教精神に理解を示し、協力できる方 留意事項 ・未成年の参加者には保護者の合意書を提出していただきます。 ・社会福祉協議会のボランティア保険【天災型】に必ず加入し、 同意書を集合時までに提出下さい。 当該保険で補償できる範囲を超えたものについては個人負担となります。 ・被災地のニーズを最優先するため、またボランティア自身の安全のため、 現地コーディネーター、並びにナザレン教会リーダーの指示に従ってください。 ・作業後、宿泊所で分かち合い、キリスト教信仰に基づく祈りの時を持ちます。 またボランティア活動を体験した感想を提出していただきます。 ・申し込みは教会単位で、同封の申し込み用紙をFAXでお送り下さい。 持ち物 ・着替え、洗面類 ・軍手、ゴム手袋、防塵マスク、ゴーグル、帽子、レインコート ・健康保険証の写し、ボランティア保険加入カード、常備薬 *・安全靴、長靴は貸し出ししていますので、希望される方はサイズをお知らせください。 問合せ先 043-424-0831 学園教会(久米) E-Mail: naz100th☆yahoo.co.jp (☆を@に変更) 使徒言行録12章1~25節
「耳をすませば」 ■歴史を振り返り、問い直す日 先日の礼拝後、戦争体験を語り継ぐ会を持ちました。当時では考えられない美味しさでしょうけれど、すいとんをいただきました。私の実家でも毎年8月15日はすいとんを食べ、大陸に出兵した祖父や祖母が戦争時の生活を語って聞かせてくれことを思い出します。 私たちはそのようにして歴史を振り返り、語り伝え、新たに歴史を心にとめて、今を生きる私たちが平和のために何をなすべきなのか、改めて自らや社会に問いかけます。この9月11日や3月11日という日も、恐らくそのような歴史を振り返る日、私たち自身の生き方を問い直し、世界の進む方向を問い直し、そして共に祈る日であり続けることでしょう。 今日の聖書の場面もそんな歴史を振り返る日の出来事です。除酵祭、つまり種無しパンの祭りの時期に教会のリーダー、ペトロは逮捕されました。このユダヤの祭りは、ユダヤ民族がエジプトで奴隷から解放されたことを記念する大切な祝日です。ところがこの日、ペトロは解放を祝うどころか、牢獄の中でひとり、囚われの身となっています。 この時、すでに同じイエスの12弟子であったヤコブはヘロデ王に殺されてしまいました。恐らくペトロも同じように処刑されるでしょう。イエスを救い主と信じる集団は、同じユダヤ人から嫌われていましたし、現にヘロデ王がヤコブを処刑したとき、ユダヤ人は喜んだくらいです。間違いなくヘロデ王は民衆から支持され、喜ばれる処刑を決断するでしょう。 なんという皮肉でしょう。かつて、神様が自分たちの祖先を奴隷から救い出したこと、解放されたことを国民全体で喜ぶはずのこの祭りに、同胞を投獄したのです。鎖をつなぎ、自由を奪いました。このような国家の暴走に対して、教会は行動を起こし、ヘロデ王の権力に対抗します。いったいどんな抵抗をしたのでしょうか。最後の晩餐の夜、イエスが捕らえられる夜に、ペトロがしたように剣を取るのか。そしてイエスを襲うとしたローマの兵隊の耳を切り落とした以上の暴力を行うのか。 いいえ。弟子たちはもう、そのようなことはしません。あの日イエスが「やめなさい!」といって、兵士の耳をいやされたことを知る弟子たちは剣を持って復讐しようとはしません。ただ祈るのです。一見、祈りはヘロデ政権の前にあまりにも無力ですし、このような国家の不正や暴力に対して、もっと効果的な政治活動があったかもしれません。 それでも教会はただ祈ったのでした。 ヘロデはペトロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。過越祭の後で民衆の前に引き出すつもりであった。こうして、ペトロは牢に入れられていた。教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた。(使徒12:4-5) ヘロデ王が祭りの後、ペトロを引き出してヤコブのように殺そうと思っていた夜、人々は祈りました。剣を手に牢屋に突入するのでもなく、救出作戦を実行するのでもなく、抗議のデモ行進をするのでもなくて。彼らは祈りました。無力な彼らにできることはそれだけ、祈ることだけだったからです。そして祈りがささげられていた、その夜、不思議な仕方で天使が訪れ、ペトロを牢屋から解放します。牢屋を照らした光、天使の指図、鎖が外れ、扉が次々開くこと。そして突然訪れるヘロデ王の死。それらは皆、神様の働きを妨げるものは何もないことを証しています。鎖やヘロデ王の牢獄でさえも神の働きはとめることができない、と。しかしペトロの身に起こったことが、あまりに現実離れしていたためペトロ自身も信じられずにいます。 それで、ペトロは外に出てついて行ったが、天使のしていることが現実のこととは思われなかった。幻を見ているのだと思った。(使徒12:9) 同じようにヨハネの母の家で祈っていたクリスチャンたちもこの知らせを信じることができませんでした。神様によってペトロが解放され、自由にされたのだと告げる女中は、種無しパンの祭りで、神様の解放の力を祝っていたはずの人々にさえ、気が変になっていると思われてしまう始末です。 ■戸を叩く音に耳をすまし こう分かるとペトロは、マルコと呼ばれていたヨハネの母マリアの家に行った。そこには、大勢の人が集まって祈っていた。門の戸をたたくと、ロデという女中が取り次ぎに出て来た。ペトロの声だと分かると、喜びのあまり門を開けもしないで家に駆け込み、ペトロが門の前に立っていると告げた。人々は、「あなたは気が変になっているのだ」と言ったが、ロデは、本当だと言い張った。彼らは、「それはペトロを守る天使だろう」と言い出した。しかし、ペトロは戸をたたき続けた。彼らが開けてみると、そこにペトロがいたので非常に驚いた。(使徒12:12~16) 彼らは解放を祝う日に、「ペトロが解放されますように」と祈っていたというのに!ペトロ解放のニュースを信じようとしませんでした。信じられませんでした。彼らに唯一残された手段として祈りをささげていたけれど、どこかあきらめていたのかもしれません。祈るけれど、心の片隅であきらめてしまっている。 現代の私たちも、平和を求めて祈ります。核兵器が廃絶されることを願いますが、国家が私たちを守るために軍事力を必要としている限り、核兵器から脱却する道はほとんどないと、どこかあきらめているかのようです。次に大きな地震が起こって、新たに原発が事故を起こせば日本という国は再生できなくなるでしょう。ですから原発に依存しない新たなエネルギー社会を求めながらも、日本の経済力が著しく損なわれることを思うと、新しいエネルギー社会の実現をどこかあきらめそうになります。やっぱり無理だろうか、と。 同じです。国家による迫害、為政者ヘロデ王による暴挙を前にして、解放を祈りながらも神様を信じながらも、どこかあきらめている信仰者の姿。ヘロデを恐れ、神の力でさえも国家の暴力に勝つことはできないとどこかであきらめつつも、戸を閉じて集まって祈る人々の姿。解放されたペトロが扉の前に立っているのに信じることのできない人々の姿。現代の私たちと同じです。 しかし、誰も女中のいうことを信じようとしない中、ペトロは戸を叩き続けました。まるで“どうしてあきらめるのか、どうして信じることをあきらめるのか、私は解放されたのだ、神の力を妨げるものはないのだ”と告げるかのように。ペトロは戸を叩き続けました。 3・11や9・11といった日は、こうした戸を叩く音に耳を澄ますときなのかもしれません。 ■とてつもないこと あのニューヨークの貿易センタービルが破壊された無差別テロの後、ジョン・スチュワートという米国のニュースキャスターは事件直後の番組の冒頭で感傷的になり、きちんと話せないことを謝りながら最後にこう語りました。 「あの連中(テロリスト)は大犯罪者だ、とてつもない策略と悪知恵と技術を結集した」という噂は、嘘です。ただの馬鹿だって、ものを爆破することはできる。どんな馬鹿でも、破壊はできるんです。でも、あの消防士たち、警察官たち、国中から、文字通りバケツを持って駆けつけた人々が復旧作業をしているのを見ると…あれこそが、とてつもないことなんです。だから、私たちはもう勝っているんです。それは光です。 ジェット機をハイジャックしてビルを破壊するようなことは、誰も考え付かないような、とてつもないことですけれど、ジョン・スチュワートは、そんなことは馬鹿でもできる、とてつもない策略や技術が結集したなんて嘘だと言うのです。あんなものは誰でもできる、「とてつもないこと」なんかじゃない、と。それよりも、あの絶望の塊のような瓦礫の中で、消防士たち、警察官たち、国中からバケツを持って駆けつけた人びとが復旧作業をする姿、あれこそがとてつもないことなんだ。私たちはもう勝っているんだと語りました。 教会の戸を叩いているペトロ、その叩く音はそんなメッセージだったのではないでしょうか。ヤコブを殺し、ペテロを牢屋にぶち込んだヘロデ王の権力がとてつもないのではない。そんなことは誰にでもできる。本当に素晴らしいのは、武器を手に取らず、暴力によって抵抗するのではなく、ただたひたすらに神に祈っているあなたたちの姿です。あなたたちはもう勝っているんです。だから信じて欲しい、神の力を私は解放されたのです、と。あまりに無力で祈ることしかできず、またその祈りが聞き届けられることさえ、信じきることができない人々。そんな人たちに対して、神はペトロの戸を叩く音を通して励ましてるように思えてなりません。「確かに祈ることしかできないかもしれない。あなたたちの力はわずかかもしれないが、決して無力ではありません。あなたたちが光です」と。 先週、被災地でのボランティアで感銘を受けたのは、震災直後から東松島市で活動をし続けてきた東仙台教会の人たちがとても仕事を丁寧に行う姿でした。瓦礫を運ぶ、床をはがす、壁を壊す、泥を出す。壊す壁が被災者がお金を出して買った財産であること、棄てるだけのゴミであってそれも被災者の持ち物であること、再び住む家として丁寧に掃除をすること。いくつものボランティア団体が入った凹地を見ましたが、これほど綺麗な仕事をしているボランティア団体を私は他に知りません。そうした誠実な仕事が喜ばれているため、別のボランティア団体が泥かきをしても、まだ泥が残っていたり、綺麗に壁がはがせておらず、雑な仕上がりになっている物件を再び依頼してくる被災者の方々も多くありました。彼らは復興支援のために何か派手な大きな事業をしているのではありません。ただひたすらに目の前の出会った人のために心を込めてより丁寧に仕事をすること。ボランティアの満足のためではなく何が被災者のためになるのかを常に考えながら、より誠実に働くこと。それこそが小さな人々と共に生き抜かれたイエスの姿に倣うものであり、「とてつもないこと」であり、光なのだと感じます。 そしてまた私自身の生き方についても深く反省さえられました。このような丁寧な生き方を今日というかけがえのない一日一日の中で私はできているだろうかと。 3月11日から半年、9・11から十年。そんな節目に改めて思います。平和のため、国の再生のため、私たちは何か特別なことができるわけではありません。信じきることさえできず、心の片隅であきらめてします私たちが、それでも尚あきらめずに祈り続けるということ。地震と津波、原子力発電所事故により苦難を強いられている人たち、テロによるニューヨークの犠牲者、そして神の名による愚かな報復戦争によって傷つけられたアフガン、イランの人々を忘れずに思い続けること。今日生かされている命を喜び、自らのパンを分かち合うこと、共に祈りあうこと。これら、教会が今日まで大切にしてきた事を私たちも丁寧に行っていきましょう。キリストに倣うものとして、これからも私たちに求められていることは、そんな「とてつもないこと」を一歩ずつ丁寧に積みかせねていくことなのですから。
使徒言行録7章44節~60節
「その顔はさながら天使のように」 ◆ステファノが殉教する場面です。キリスト教会が誕生して、最初の殉教者それが彼、ステファノでした。皆さんは、彼がその生涯の最後に叫んだ言葉をどんな風に聞いたでしょうか。眠りにつく前、人生の最後に「主イエスよ、私の霊をお受けください。」と神様を信頼して死ねること。「主よ、この罪を彼らに負わせないでください。」そう言って周りの人たちすべてを赦して、天国へ行くことができる。そのような言葉を口にしなかったとしても、そういう思いで最後を迎えることができるのなら、その人生はきっと良いものであったと思います。息を引き取る前に、こんな言葉を口にできたら、と憧れもします。 勿論、ステファノは殉教したわけですから、決して喜ばしい状況とは言えません。キリスト教は世間を惑わす教えだからと警戒され、教えを広めることを禁じていた当局から、ステファノは死刑に相当すると裁判所で判断されました。四面楚歌の中、神様に立ち返るように説くステファノに人びとは怒ります。「俺達が不信仰だって?お前こそ、ナザレのイエスとかいう十字架で殺された奴を救い主だといって、神を冒涜してるじゃないか!」怒りにかられて我を忘れた群衆たちが襲いかかり、石を投げつけ、ステファノは命を落としました。不慮の死、あまりに悲しい最後です。彼自身に何か落ち度があったわけではないので、私たちには納得できる死ではありません。 それと、もう一つ納得できないのは、何故彼が捕まらなければいけなかったのかという点です。この場面の少し前、6章で教会はある組織作りをしました。教会は貧しい人ややもめに対して生活支援をしていたわけですけれど、あまりに人数が増えてきたので、祈りや聖書の言葉を伝えるといった本来最も大切にしなければならない勤めがおろそかになりかねない。だから役割分担をしましょうということになりました。祈りと聖書、神の言葉を伝えることに専念する人、いわば宣教師・牧師のような人たちと、生活支援、教会の庶務を行う裏方で支えることに専念する人たちをそれぞれ選出しました。その時、ステファノはその裏方に選ばれた人です。聖書には彼が、恵みと力に満ちて、素晴らしい働きをしていたことが書かれています。たぶん裏方では収まりきらず、人々に聖書を語る人物だったのでしょう。しかし、教会が迫害されて、「あれほど教えを広めるなといっただろ!」と捕まるとしたらとしたら、まず宣教師たちのはずです。彼らが神の言葉を伝えることを専門にしてたわけですから。それなのに実際に捕まって、最初の殉教者として犠牲になってしまったのは、裏方のはずのステファノでした。どうにも納得しづらい出来事です。 「どうして私がこんな目に?私は一信者、裏方に過ぎないのに。他にもっと宣教師や牧師たちも神の言葉を伝えて回ってるじゃないですか」そう不満をこぼしてもよさそうなとところ。それなのに逮捕されて裁判所に引き出されても、しかも偽の証言者まで立てられてあることないこと嘘の容疑をかけられても、彼の顔は輝いていました。 最高法院の席に着いていた者は皆、ステファノに注目したが、 その顔はさながら天使の顔のように見えた。(使徒言行録6:15) 不安や恐怖が顔ににじみ出るのでもなく、恨み節や怒りの言葉が口から出るのでもなく、天使のような顔をしている。普段、私たちは平穏な時でも、天使のような顔をすることは難しいと思いますが、ステファノは恐らく死刑になるであろう裁判の席で天使のように輝いていたと言うのです。こういう顔は本当に神にすべてを委ねた時にだけ、私たちの身に起こるのでしょう、ステファノが飛び切り素晴らしいという話ではなくて。人生の最後を天使のような顔で迎える。それは人間の力でできるものではありません。神にすべてを委ね、神が確かに受け止めてくださることのしるしだと思います。 ◆先日、Aさんの葬儀をご自宅で執り行いました今でも、彼女の身に起こったこと、Bさんの後を追うかのように、納骨式直前に自ら天へ旅立ったこと、そうした出来事のすべてを私自身、受け止め切れているわけではありません。それでも棺に納められた顔は本当に美しく安らかで、さながら天使のようであったと思っています。彼女と神様との間でどのような会話が為されたのか、Bさんの看病に全力を尽くしてきた彼女の心のうちは私には分かりません。どうしてこんなことが・・・と神に問いたくなります。けれど、その安らかなお顔からは「主イエスよ、私の霊をお受けください。」というステファノの言葉と響きあうものがあるように感じています。勿論、自ら命を絶つということは、洋の東西を問わず、宗教宗派を問わず、良しとされません。命は自分の所有物ではなく、神や仏から、お天道様、アラーからいただいたものであるからと教えられている通りです。 そのことは彼女自身が一番良く知っていたのだと思います。ですから残した手紙にも罪深い私を赦してくださいという言葉がありました。改めて、自ら命を絶つということは罪深いことであることを私たちは認める必要があります、けれども、その罪をイエスは十字架の上で赦してくださったこと、そのことを私たちは心に留めなければなりません。十字架の上でイエスは私たちのすべての罪を赦したのだと。 ◆ヨハネによる福音書8章には姦淫を犯した女性の話があります。不倫の現場で取り押さえられた女性が、イエスの前に突き出されたという事件です。ユダヤの律法によれば、不倫は石打ちの刑、死刑となっていました。群集はこの女性を引きずってきて、イエスをからかうかのようにして彼女を突きつけるのです。「先生、おまえさんならどうするかね?こいつは死刑だろう?」そこでイエスが「殺せ」といったら、イエスのイメージに傷がつきます。「赦せ」といったら、律法違反です。野次馬は面白がって、やいやいと騒ぎ立てる。けれども、そんなくだらない挑発やからかいにイエスは乗りません。立ち上がって一言、あの有名な言葉を語ります。 「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」罪を犯したこのない人なんていませんから、投げようと思っていた石を置いて、みんな去っていってイエスと彼女だけが残ったという話。 普段ですと、とんちのような痛快なイエスの返しに目が行きますが、今読みますと、誰にも気づいてもらえなかったこの女性の苦悩に目が行きます。不倫現場を取り押さえられて、そのまま連れてこられたのですから、恥ずかしい姿だったでしょう。何ともいえない屈辱、恥ずかしさでいっぱいだったでしょう。さらには、これから石打の刑で殺されるであろうという恐怖。そしてどんな事情があったかは分かりませんが、不倫へと走らなければならなかった彼女の孤独や魂の渇き。でもそんな彼女の孤独は誰にも理解してもらえない。「姦淫を犯した女」と聖書でもただ一言で片付けられていますが、誰にも気づいてもらえない彼女が抱えていた深い深い闇をイエスは、すべてご存知の上で、彼女に声をかけます。「誰もお前さんをつみにさだめなかったのかい?」「はい、誰も。」そう答える彼女にイエスは一番伝えたかったはずのことを語ります。 「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」 “ごめんなさい”という言葉を残していったAさんにイエスは同じ言葉をかけるはずです。「わたしもあなたを罪に定めない。」そう言って彼女の魂を抱きしめていてくれるとわたしは信じます。 葬儀の時にある方が私に質問してくれました。興味本位ではなく心から心配して、こんな風に言いました。「キリスト教では自殺はいけないんですよね。天国にいけないじゃないですか」。勿論、私は牧師として自殺して良いとか天国いけると積極的に教えません。でもイエスは「わたしもあなたを罪に定めない。」と語ったのです。そうであるならば、残された私たちの為すべきことは、天国行きの判定を下すことではなくテ、このイエスが彼女の魂を受け止めてくださることを信じて祈るだけです。ステファノのように、神を信頼して、「主よ彼女の魂をあなたにお委ねます」と語ることです。 そしてイエスが彼女に語った言葉の後半の部分。「行きなさい。これからは、もう罪を犯してはならない。」これは地上に残された私たちへの言葉として受け止めましょう。地震にも津波にも襲われず今も生かされている私たちには、なすべきことがあるはずです。自ら生きることを諦めてしまわないように。もう罪を犯してはならないというイエスの言葉を厳粛に受け止めたいと思います。 ◆先週、私自身も事の大きさに動揺していましたが、そんな私の状態が分かったのでしょうか、ある方が朝早く毎日に一緒に祈ってくださいました。その方は、朝散歩する際に、頭の真上の空を雲を見るということを教えてくれました。私は前方の雲は目にしますけれど、自分の真上の空、雲はほとんど見ません。改めて首を上げてみてると雲がずいぶん高くにあることに気づきます。 そしてその雲を眺めながら、詩編の言葉「主よ、あなたの恵みは天にあり、あなたの真実は雲にまで及びます」(36:5)というみ言葉を味わいました。ステファノが最後に天を見つめていた、と聖書にありますが、なるほどと思いました。私たちはやっぱり時折、顔と首を上げて天を見上げなきゃならないと思わされました。この地上で、どうしてこんなことが起こるのかと悩み苦しむ、私たちの思いよりもはるかに高い、雲にまで及ぶほどに高い神の思いがあるということ。私たちは気づかないけれど、天にまで及ぶほどの恵みが私たちを包んできてくれていること。そのことを時々思い出す必要があります。特に神様の御心が分からない時ほど。「あなたを罪に定めない」そう語ってくださる神様の思いに信頼するためにも。しばし立ち止まって、天を見上げましょう。 使徒言行録3章1~10節「出会いの奇跡」
◇別世界に生きる私たち ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。 すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。(3:1-3) いくつのかの思い出す光景があります。ロシアに滞在中、サンクト・ペテルブルグの大きな教会の入り口に軍服を着た兵士たちがお布施を求める箱を持って座り込んでいました。当時、第二次チェチェン紛争が勃発した頃でしたから、その戦争の帰還兵だったのでしょう、よく見るとその兵士の片足がなかったり、皆何らかの大きな負傷をしていました。一目にてそれは分かりました。おそらく誰かに教会の前へ連れてこられて、そこで人びとの施しを求めていたのだと思います。その兵士の前を、教会へと向うたくさんの人々は何事もないかのように通り過ぎていきました。 初めてその姿を見たときには強い衝撃を受けて、可哀想に思ったのでしょうか、そのまま前を通り過ぎていくのも後ろめたい気がしたのでしょうか、わたしやわたしの仲間はその箱にお金を入れました。しかし、やがて何度もその道を通るにつれて、特に何も感じなくなるのです。というより、正確に言えば、感じないようにしてたのだと思います。毎回毎回寄付するわけにも行きませんから。いつもの風景として、やがてわたしも兵士の前を通り過ぎる一人になりました。 もう一つ心に残る風景は最近のものです。被災地でのボランティア活動を終えて、東北から高速バスで帰ってくる時には新宿駅に到着します。ご存知のように、新宿駅には野宿生活者がおられます。やはり、その人の前を何も思わないで通り過ぎていく自分がいるのです。わざわざ東北地方にまでお金をかけて出かけていって、物資を届けたり、泥出しをして汗を流した自分が、すぐそばの野宿生活者に何かをするわけでもなく、通り過ぎていく。自分は一体何をしているんだろう、と何とも複雑な思いを胸にしながらも、何もかも私にできるわけがないのだからと納得させて、あまり寝ている方を見ないようにして通り過ぎていくわけです。 勿論、私たちはすべての人に、すべてのときに手を差し伸べることなどできません。でも、思うのです。困窮した人とその人の前を通り過ぎて行くわたしを含めた大勢の人は、まるで別世界に住んでいるようだと。そこに座り込んでいる兵士、寝ている野宿者など存在しないかのように、足早に過ぎ去っていく。いや、多くの場合、ほとんどの人は本当に気が付いていないのだと思います。その人たちが冷たいからとか情けがないからではなくて、あまりにも見慣れ過ぎたいつもの風景になってしまって、視界に入ったとしても、そんな人は最初からそこにいないかのように、通り過ぎていく。だからどうしろという話ではなくて、実際、私たちはそのように一つの風景の中に共に生きながらも、別世界に住んでいるかのように振舞っていることがあると思います。 生まれつき足の不自由だった、あの人物も周りから気にも留められない別世界に生かされていました。 ◇出会いのキセキ 彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。(3:3) キリストの弟子、ペトロとヨハネもホームレスの傍らを通り過ぎて、そのまま境内に入ろうとしていたのでしょうか。2000年前の聖書の世界、エルサレムでも通り過ぎていく人と、座り込んだ人はやはり別世界にいました。しかし目の見えない彼が、ペトロとヨハネに施しを求めると、二人は足を止めます。見なかったことにしようと、すぐにきびすを返したでしょうか。コイン一枚投げ入れて、境内に入っていったでしょうか。いいえ、彼らは立ち止まりました。 ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。(3:4) 野次馬のようにじろじろ見たではありません。ペトロたちは彼をじっと見つめて、わたしたちを見なさい、と言います。その男も何かをもらえるのかとじっと見つめ返す。ギリシア語では、それぞれに同じ単語、目を注ぐとかじっと見つめるという意味の言葉が使われています。彼らはじっと見詰め合ったのです。「助けてください。」「はい、私たちはここにいます、わたしたちを見てください」と。 いつもなら通り過ぎてしまう、交わることのない別世界の人たちがここで出会う。奇跡は既にここから始まっています。この後、彼の足は癒されます。その癒しの奇跡自体、素晴らしいのですが、それにも増して、ペトロたちがここで足を止めたこと。まるでそこに存在していないかのように通り過ごされていたその男の存在を認め、見つめ、出会ったこと。そこから奇跡は始まるのです。いえ、もっと、そもそものところを辿れば、イエス・キリストがペトロやヨハネたちの前にして足を止め、見つめ、声をかけてくださった時から、出会いの奇跡は始まっていたのでしょう。 聖書にはそんな出会いの奇跡が満ちています。人々から嫌われていた徴税人のザアカイやマタイ。汚れた存在として外に出られなかった長血をわずらった女性やマグダラのマリア。イエスを裏切ってしまう漁師のペトロたち。彼らが皆、人から嫌われたり、避けられたり、自らの過ちに悩み、孤独な中にあったとき、イエスは彼らと出会いました。彼らの痛みや弱さを包み込み、罪から解放するため、イエスは彼らを見つめて声をかけ、友となってくれたのです。 ペトロたちは何も持っていませんでしたが、そんなイエスの思い、温もり、イエスの存在そのものが彼らの中に、腹のそこにしっかりと根付いていました。 ペトロは足の不自由な彼にこう語ります。 ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」(2:6) ペトロは言うのです。「わたしは何も持っていません、金も銀も。でもイエスはわたしを見捨てなかった。いつだって神はわたしを見捨てなかったのです。わたしの人生それだけは確かにいえます。それはあなたも同じです。神はあなたを見捨てない。さあ、イエスの名によって立ち上がり、さあ歩きなさい。」 そう言って、ペトロが彼の手をしっかり取って、立ち上がらせます。 そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。(2:7-8) 生まれつき、足が不自由でしたから、どれほどの喜びだったでしょうか。そしてこの男は、ペトロとの出会い、ペトロの語った言葉、彼が手を取ってくれたこと、そこに神の愛を見ました。だから神を賛美したのです。 ここからも私たちは神の奇跡がどのようにして起こるのかを教えられます。ペトロたちはただ、おまじないのようにイエスの名前を唱えたのではありません。かつて自分たちにイエス様がしてくださったように。足を止め、相手を見つめ、声をかけ、そしてその手を差し伸べていくところに、神は働かれる。奇跡はそこに起こる、わたしたちの手を通して起こるということです。 ◇コミュニティの破壊を防ぐため 先日、宮城に行ったとき、キリスト教の支援団体の会議に出席させていただきました。そこで、今仙台に建てられている仮設住宅の様子を映像で紹介していました。ああ、少し狭いけど綺麗な住宅だなあと私は思いましたが、見終わった後、一人の牧師が立ち上がって、こう言ったのです。「皆さん、この仮設住宅には致命的な欠陥があります、わかりますか?」と。それは玄関が向き合っていないということでした。玄関を開けると目の前にはお向かいの家のベランダがあるというかたちです。みんなに洗濯物が丸見えになっている。玄関を出て話しをしようとも、前の家は玄関が向こうですから会話にならない。そういうコミュニケーションが取り辛い代物で、交わりをコミュニティを破壊する仮設住宅になっていると。 その牧師は中越地震の際も支援活動をされていました。かつて仮設住宅で孤独死がたくさん出てしまった阪神淡路大震災。死後三ヶ月がたって発見されるというケースもありました。そうした反省を活かし、中越地震の仮設では玄関を向かい合わせにして、住民が孤独にならないようにして自死を防いだ。それなのに今回の東日本大震災の仮説住宅は玄関が向かい合わず、後退してしまっている。 中越地震の際、「孤独死があったら、ボランティアの負け」というスローガンのもと、仮設住宅のコミュニティづくりに力を注ぎ、このコミュニティ破壊を防ぐために、一人暮らしの方に声をかけ続け、また、その行動に目を止めて、その牧師が関わった仮設では一つもなかったそうです。この東日本の震災でもなんとしてでも防がなくてはならないと強く訴えておられました。 せっかく仮設の集合住宅に入っても、コミュニティが破壊されていたら、みんな別世界に生きる住人です。お独りのお年寄りが、誰にも気にかけてもらえないということがないよう、仙台の教会は声をかけ、共有スペースのカフェを作るために動いています。 ◇別世界を越える声かけ それは単なる声かけに過ぎないかもしれませんが、孤独の中に人知れず重荷を抱えている方には、声をかけること、手を伸ばすことから奇跡は起こる、生きる力、立ち上がる力は生まれると信じます。またそれは被災地であったり、ロシアの教会や新宿駅の中、エルサレム神殿の中だけの出来事ではありません。わたしたちそれぞれの生活の場で神が働かれるよう、わたしたちの口やまなざしや手や足を求められていることではないでしょうか。 確かに多くの場合、座り込んだ人の前を通り過ぎずには生きていけない私たちです。自分の生活がありますから。それでも、そんな私たちをもイエス・キリストは憐れみ、十字架の上で赦しました。そして今も私たちの中にキリストが生きています。ですから私たちがどこかで、別世界を生きてしまっている現実を破り、声をかけ、奇跡としか呼びようのない出会いが起こされるよう、そんな生き方へと私の内なるキリストが私を押し出してくれるのです。 後にあのペトロは教会に次のような手紙を書き送っています。 「思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。 神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。」 今日の聖書の場面、じっと相手を見つめた時のペトロの姿と響きあいます。神はあなたを見捨てない、あなたのことを心にかけていますという眼差し、差し伸べる手。それはかつてぺトロがイエスにしていただいたことです。 わたしたちにもまたそれぞれにイエスとの出会いや聖書の言葉との出会いから、神が心にかけていてくださるのだという体験があるでしょう。 また実際、誰かに祈ってもらったり、手を差し出してもらって、手紙を書いてもらったり、それを味わったこともあると思います。 金銀はなかったとしても、その愛を受けた者として、わたしたちもまた立ち止まり、相手に目を注いで、神が一人一人すべてを心がけていることを伝える者でありたいと、御前にお祈りをいたしましょう。 使徒言行録2章1~42節「風が吹く、言葉が届く」
◇言葉を失う体験 毎回、皆様に祈り、支えられて被災地へ送り出されているわけですから、何らかの報告をしなければなりません。しかし、殊に被災地の様子となると、相変わらず、どう表現してよいか分からず、言葉に詰まります。テレビ画面で見るのと、直接この目で見るのとでは違うのですが、何がどう違うのか。未だ電気も通らず、暑さが増すとともにヘドロの匂いもきつくなっている倒壊した家屋の数百メートル先では何事もなかったかのように日常生活が営まれている、二つの異なる世界が隣り合っていると言う現実をうまく飲み込めずにいる感覚。それらの風景であったり、そこでの思いを表現する言葉を自分は持っていないのだあとあちらに行くたびに思い知らされます。 同じようにかどうかは分かりませんが、イエスの弟子たちも言葉を失っていました。イエスが十字架につけられる時に裏切って逃げ出した彼らは、人目を避けて部屋に閉じこもっていました。当然です、とんでもないことをしでかし、望みをかけていた師匠を失ったわけですから。でもそこに、イエスが復活して現れ、彼らの罪を赦し、もう一度あなたの人生をやり直しなさいと告げてくれる。思いもかけない、喜ばしい出来事が自分たちの身に起こりました。でも彼らはそのまま、家の中に閉じこもり、祈っていました。喜びの体験を、イエスとの再会を語り、言い表していく言葉を持っていなかったのでしょう。この数日間、本当に目まぐるしい日々でした。イエスの逮捕、裁判、十字架刑、そして復活と予想だにしなかった出来事が次々と起こって、それ一つ一つの意味を飲み込めずにいたのでしょう。彼らには時間が必要でした。ですからイエスは彼らに命じました。留まっていなさい、と。待ちなさい、神の時を。神の力が与えられる時を。必ず、天から力が与えられてあなた方が立ち上がるときが来るから、と約束をしました。 ◇言葉を語りだす弟子たち。 今日の聖書の場面で、この約束が実現しました。聖なる霊が降り、彼らは立ち上がっていたことを聖書は伝えます。それまで家の中にいて、言葉も失っていた弟子たちが、外に飛び出して語りだすのです。 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。(使徒言行録2:1~4) しかもただ語りだしたのではなくて、他の国々の言葉で語りだします。 さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」人々は皆驚き、とまどい、「いったい、これはどういうことなのか」と互いに言った。(使徒言行録2:5~13) 閉じこもっていた弟子たちが、不思議な風のような神の力を受ける。すると立ち上がり、言葉を回復し、神の偉大な業を語り出していく。これは分かります。いつかわたしの被災地で経験したこと、そこで垣間見ることができた神の業を語っていく、時が来れば、語るべき言葉が神様から与えられる、そう思っています。しかし、ここで弟子たちは他の国々の言葉で語りだすのです。 そもそも弟子たちはガリラヤ地方の田舎者です。いわゆるズーズー弁で話す、学歴もなければ外国語など話せない筈の人たちです。そんな彼らが他の国々の言葉を話す。お祭りでエルサレムに来ていた他の国の言葉を話す人たちに分かる言葉で語りだすのです。 けれども、この時だけなのですね、彼らが他の国の言葉で話すのは。その後も弟子たちは外国語ぺらぺらだったとは聖書は伝えていません。むしろ、ペトロは通訳者を連れて旅をしていた様子が描かれています。やっぱり外国語喋れない。ですから、神様の風が吹いたこの時だけ他の国々の言葉が話せたという奇跡が起こったのです。 どうして、この時だけ弟子たちは他の国の言葉を話せたのか、わたしには分かりませんでした。 でも震災があって、こういう奇跡は起こるのだ、ということがわかりました。 ◇現代のペンテコステ 3・11以降、仙台で「弔いプロジェクト」というものが起こりました。ご存知のように身元不明のまま、火葬されるご遺体がおびただしい数ありました。やがてそれらのお骨がご遺族のもとに戻ることができたとしても、残された人々は愛する人を失った悲しみに加えて、「何もして挙げられなかった/お葬式もしてあげられなかった」という自責の念にかられます。そして失意の中で後追いしていくことを防ぐためにも、その火葬の間、炉の前で僧侶、神官、牧師、神父が交代で祈るのです。身元不明のまま焼かれていく方のために、せめてもの祈りを宗教者がささげる。そしてご遺族の悲しみに寄り添っていくための心の相談室というものを立ち上げていく、そんな弔いのプロジェクトでした。 しかし、そもそもキリスト教というのは「弔い」という言葉はあまり使いません。弔うというのは亡くなった人の霊魂を残された人が慰めることです。キリスト教ではイエスが慰め主であるから、「弔う」という言葉自体が異教的であると説明されてきました。ですから弔辞とか弔電もキリスト教葬儀にはふさわしくない。ご冥福という言葉も、死後の幸せを祈る仏教の言葉であるから、良くないとされてきました。それはそれで聖書に基づく一つの考え方でしょう。 けれども震災後に起こったことは、キリスト教徒が立ち上がって、「わたしたちが弔いをします」と声を上げだしたのです。愛する人を失った被災された方々に対して。仏教や神道やイスラム教の宗教者に対して、”一緒に冥福を祈りましょう、弔いをしましょう”と呼びかけたのです。使うはずのない言葉を、これまでのしきたりからはみ出して、弔いプロジェクトをたちあげましょう、と語る。 弟子たちが自分たちのガリラヤ弁ではなく、話すはずのない他の国々の言葉を語りだしたように。自分たちキリスト教の言葉ではなくて、悲しみの中にある被災された方々の言葉、相手の言葉を語りだしたのです。教会がほかの宗教、また無宗教の人に響く言葉で、お弔いをしましょうと語り、相手に寄り添っていきました。 あの時、仙台の牧師たちに神の風が吹き、炎のような舌が一人一人の上に留まったのだと思います。 やがて弟子たちが外国語を話せなくなったように、この国が復興を遂げた時、キリスト教は弔いと言う言葉を再び使わないようにするかも知れません。しかし相手に本当に必要な時には神の風が吹く、他の国々の言葉、自分とは違う他の人たちの言葉を話し出す、相手に届く言葉を語るペンテコステの奇跡は今でも起こるのだとわかりました。それは、そもそもイエス・キリストがわたしたち人間に寄り添ってくださったからです。 神が人となって生まれた。そしてわたしたち人間のために十字架の上で命を捨てた。イエスは、まさに自分を捨て、わたしたちの側に寄り添ってくださり、わたしたちに届く言葉を届けてくださったのです。どのような立場であろうと、貧しかろうと、悪人であろうと、神はあなたを愛している、だからわたしはいつもあなたと共にいます、と。このキリストの思いを受け取る時、聖霊を受ける時、人は相手に届く言葉を語ることができるはずです。 ◇思いは風に乗って 先ほどの弔いプロジェクトを進めた川上直哉牧師は、ある避難所でのイベントで次のように祈りを導いておられました。それこそ、僧侶が中心となって支援をしている避難所で色んな宗教や信条の方がおられるはずの中で、黙祷に先立ち、こう語っておられました。 私は、十五回も引越しをしました。多くの街を見ました。今、東北で9年過ごしています。今、とても強く思います。東北は、素晴らしい。これだけの苦しみの中で、じっと耐え、微笑みを絶やさない。東北人は、無口だと言います。本当にそうなのでしょう。でも、ハラの中に、言葉を練り上げておられる。そして、練り上げられたハラの中の言葉が、心をねばっこくする。そうして、ねばっこくなった心は、地震にも負けない。 フェスタの実行委員長が、言いました。津波は、いろいろなものを持ち去ったけれど、でも、津波が持ってきてくれたものもある。・・・本当にそう思います。東北の素晴らしさへの敬意を、私は、津波の後に得たのです。津波は、本当に大切な人を、たくさん、奪っていきました。そこで、私たちは言葉を失った。でも、私たちのハラの中に練られた言葉は、消えなかった。今、私たちは黙祷しようとしています。黙って、祈る。黙ることで、言葉が練られます。 では、祈るとは、どういうことでしょう。祈りとは、宛先のない言葉です。宗教は、神様とか仏様に向かって祈るといいます。でも、ほんとうは、なんだかよくわからないのです。宛先は、よくわからない。それが、祈りです。宛先がよくわからないから、祈りの言葉は、無限に広がります。無限に広がるのです。 だから、私たちの言葉を、遠くまで、広げましょう。ものすごく広い範囲が、津波にやられました。その全域に、私たちのハラの中の言葉を届けましょう。300を超える避難所があるといいます。その全てに、届けましょう。遠くに住んでいて、心配しているけれど、何もできないと、そう、がっかりしている人がいます。そんなことないよって、言葉を届けましょう。私たちのハラの中で練られた言葉を。今、黙って祈る。黙祷をする。そうして、すべての人に、全ての弱った人に、私たちの言葉を届けましょう。御一緒に、黙祷ができることを嬉しく思いますそれではご一緒に。黙祷。 津波が持ち去ったもののあまりの大きさを前に失われてしまった言葉。 しかし、それでも消え去ることのなかったハラの中の言葉。 家の中に閉じこもり、言葉を失いつつも、弟子たちのハラの中で練り上げられていた言葉。 神の息吹のような風に吹かれて、 それらの言葉はタンポポの種のように解き放たれ、届きます。 本当に必要な人のところに。 「遠くに住んでいて、心配しているけれど、何もできないと、そう、がっかりしている人がいます。」これはまさにわたしたちの有様です。でも「そんなことないよって、言葉を届けましょう。」という、この言葉は確かにわたしのもとに届きましたし、きっと多くの人の心にも届くと思います。届かないわけがないのです。キリスト教という自分の枠を超えて、届けようとする言葉は、隔ての壁を越えたキリストの言葉と響きあうものですから。 十字架のキリストを通して、神が人間を愛し、わたしたちに寄り添ったことを思い起こすとき、私たちも緒実を相手に届く言葉で語れるのだと信じます。あのペンテコステの日のように。今は言葉にならなかったとしても、 いつの日か風が吹き、神の力をいただくときに。あらゆる違いや対立や誤解やわだかまりを超えて、祈りの言葉は届きます。あの人に届けましょう、あなたのハラの中で神が練りあげてって下さった言葉を。キリストが私に寄り添ってくれたように、わたしたちも思いを届け、寄り添い、共に生きる者であるよう、御前にお祈りをしましょう。 *受付終了しました。ご協力感謝いたします。
【急募】 支援物資 宮城県東松島市矢本地区 避難所 男性用下着、女性用下着など 日本ナザレン教団国際援助委員会では 主に宮城県東松島市での複数避難所への支援を行っています。 当該地区には、おおよそ800人の方が避難されていますが 今回は成人用衣類をお願いできる場合は物資を提供をお願いいたします。 募集品:夏物の新品肌着下着類(男女) 男性用Tシャツ:M30着、L70着、LL50着 男性用半袖カットソー:M30着、L60着 男性用トランクス:L50着 女性用半袖インナー:35着、60着 女性用Tシャツ:M50着、L75着 他 募集形態:箱詰めもしくは袋詰め(サイズ、性別を分類の上、記載ください) 募集期間:6月5日まで(今後も募集の予定です) ご協力いただける方は naz100th@yahoo.co.jp (久米)まで メールにてご一報ください。 前回、夏物衣類のご協力をいただきました。 それらを宮城野区岡田小学校の避難所に配送させていただき、 国際飢餓対策機構の方々によって配られた際の「のみの市」*の写真です。 送ってくださった下着類は、大変喜ばれたとのことです。 皆様のご協力に心から感謝いたします。 ![]() ![]() *ここで「のみの市」と呼んでいるものは次のような活動です。 ①支援物資用の服を積んで避難所へ。 ②フリーマーケットのように、服を並べる。 ③避難所の方に欲しい服を自由に選んでもらう。公平に行き渡るを考慮しながら、 たくさんほしい人はたくさん。それほど要らない人は少しだけ持っていってOK。 ④時間が来たら閉店。残った服はこちらでお持ち帰り。 (避難所がいらない在庫を抱えてしまわないように) ただ支援物資を与えられ続けられることの多い避難所生活の中で、 自分の好きなものを自由に選ぶことができるようにと始められた活動です。 不要な物資を抱える事を多くの避難者が恐れていることをお聞きし、 必要なものだけを提供し残りを持って帰ることで、 この問題を解消できるよう努めています。
2011年3月27日 礼拝説教<要旨>
マタイによる福音書15章1~20節 「人を汚すもの」 久米淳嗣牧師 今、放射能汚染への恐れから、口に入れる食料品や飲料水へ神経を尖らせています。近くの花見川区の浄水場からも基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたと聞くと私たちは不安になるばかりです。そんな中でこのイエスの言葉はどう私たちの胸に響くでしょうか。想像してみてください。もし、イエスが福島県産のほうれん草と牛乳を手に持って、あるいはコップに摂取制限された水道水を入れて、この言葉を語ったとしたら。「口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」と。 現在、日を追うごとに放射能による大気や土壌への汚染の深刻さが明らかにされています。できるだけ正しい情報を得て、特に次世代への健康被害が出ないよう冷静な対応を取りたいと思います。けれども、たとえ放射線を帯びた食物であっても、この私の存在そのものを汚すことはない。(あってはならないことですが)たとえ健康には障害が出たとしても、命そのものを汚すことはできない。むしろ人の存在を汚すとするならば、それは私たちの「口から出るもの」であるとイエスは言うのです。福島第一原発の事故で県外に避難した被災者が、福島から来たと言う理由で、旅館やホテルで宿泊を断られたという問題が起きていると報道されました。 なんということでしょう。確かに放射能は恐ろしいものです。しかしそれ以上に恐ろしいのは私たち人間の心であり、口から出る言葉です。ある地域から来たという理由で、「この人はに汚染されている」と、拒否し、排除てしまう振る舞いや言葉こそが、相手の存在そのものを否定し、本当の意味で汚してしまうことのではないかと思います。その意味でも、このイエスの言葉は、恐れと不安で混乱している今こそ、私たちが耳を傾けるべきものではないでしょうか。 マタイ15章では「手を洗うこと」について、イエスとファリサイ派の人々、律法学者たちとのやり取りが起こります。イエスと弟子たちは食事の前に手を洗いませんでした。 それは衛生的な問題というよりも、むしろ宗教的な問題であり、食前に手を洗うことは、汚れた人や物との関わりを断ち切ることをも意味しました。しかしイエスは、自分だけが手を洗うことで関係を断ち切ったりしません。 むしろイエスは、社会から「汚れた者」と見なされた徴税人や遊女、罪人たちの友として生き、そして最後には呪われし死刑囚、罪びととして、十字架につけられました。あえて手を洗わない側、汚れているとされた側に立ったのです。 この出来事の少し前、イエスは五千人を超える群集と野外で食事を分かち合いました。選ばれたものだけが参加できるヘロデ大王の宴会と違い、それは様々な人々に誰にでも開かれた食卓でした。社会から排除されのけものにされ、疲れ果てていた人々をイエスが誰彼となく招いていた野外での食事。それは、「汚れなどというレッテルは関係ない。神様はあなたのことをかけがえのない存在として、見守っておられる」という思いが伝わってくる、身も心も温まり、癒される食事だったでしょう。 残念ながら、原発事故の影響により、「汚染」という言葉をたびたび見聞きする機会がこれから増えて来るのだと思います。汚染・けがれというレッテルが、ある地域に、またこの国に暮らす私たちの身に負わされることになるのかもしれません。しかし、そんな現実があるからこそ、イエスは、あの言葉を語ったのです。 「口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」。 誰と誰が触れ合っても、人が汚れることなどない。人を汚すものがあるとすれば、それは私たちから出るもの、誰かを排除しようとする言葉や振る舞いにほかならない、と。神は全ての命をかけがえのないものとして愛している。そう伝えてくれるイエスを救い主としてお迎えしたいと思います。 そして、今後の復興や社会の行く末への不安がある中でもどうしたら悲しみの中にある、疲れ果てた人びとの心と体が癒されていくのか、私たちにすべきことは何かを神に問い、行動していきましょう。手を洗って、あなたと私は違うと関係を絶つのではなく、手を取り合い、共に生きる喜びへ導かれる者でありたいと祈ります。
京都弁による詩篇23編です。この詩篇は「社会福祉法人ミッションからしだね」さんによるチャリティーCD『メタノイアに庵原万喜子さんの朗読によって収録されているものです。メタノイアとは、ギリシア語で通常、「悔い改め」と訳されますが、本田哲郎神父の言葉を借りれば「痛みを共感する」、「人の痛みの分かるところに視点をうつして、そこから判断してごらん」という意味の言葉でもあります。庵原さんの味わい深い朗読によってうたわれる京都弁の詩篇23篇、その弱く、小さくされている人に寄り添う神の姿が、聴く者をメタノイア的な視点へと移させてくれます。
「クリスチャン新聞」による紹介記事 「福祉施設へのチャリティーCDを発売--魂の朗読者/庵原万喜子さんが収録」 詩篇23篇(京都弁) イエス様 あなたはうちの羊飼いです。 うちはあなたに守られているちっちゃい羊です。 あなたのそばにいて、何か足りない気がするなあと思ったことは一度もありません。 イエス様はうちを青々とした草がいっぱいはえている牧場につれていって 「今は何も考えなくていいからぐっすり眠りなさい。」って言うてくれはります。 そして今度はきれいな川のほとりに連れて行って、 「ゆっくり休んで元気になりなさい。」と、言うてくれはります。 イエス様はうちが疲れて「しんどいなあ」と思っているときは、 体の芯から元気にして生き返らせてくれはるお方です。 神様の喜んでくれはるまっすぐな道を手を振って しっかり歩いて行けるように助けてくれはります。 もしかしてうちは死んでしまうのかとちがうやろかと思うような 危ない谷の道を歩いたこともありました。 そやけどうちはちっとも恐いと思わへんかった。 イエス様あなたがいつも一緒にいてれくれはるからです。 イエス様あなたはうちの体のどんなちっちゃい傷も ちゃんと見つけてくれて手当てしてくれはりました。 そしてときどきふらついて暗い穴に落ちてしもうてもちゃんと助けてくれはりました。 そやさかいうちはどんな時でも安心して生きていけるんです。 うちのこといじめてやろうと思っている人の前でも、 あなたはうちに食事をこしらえて 「私がついているから安心してたくさん食べて元気を出しなさい。」と 言うて力づけてくれはりました。 「私はあなたのこととても大事に思っているから」と言うて みんなの前でええにおいのする香油を頭にぎょうさんかけてくれはりました。 ほんまにこれ以上ない言う位あなたにかわいがってもろうて、 うれしくてうれしくてもうどうしたらええのかわからへん程です。 うちは信じてます。 あなたがうちを思ってくれはる気持ちは絶対変わらしません。 うちのこと全部何もかも分かってくれはる あなたは悪いようにしはるはずはあらしません。 きっと安定してくれはります。イエス様うちの頼みひとつだけ聞いてください。 うちをあなたのいる所にずーといさせてください。 ミッションからしだね訳 (『メタノイア』収録)
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